金持ちが天国(アセンション)に入るのは


新約聖書の言葉で
「金持ちが天国に入るのはらくだが針の穴を通るより難しい」というものがあります。

これは、金持ちだから アセンションできない という理由ではなく
金持ち 物質がありあまる状態 の中では その豊かさを あたかも 当たり前のように感じ
人々は「感謝」をしなくなり 心が曇りやすいことを示しています。

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2 Responses to 金持ちが天国(アセンション)に入るのは

  1. Yukio tsukiji says:

    この聖書の言葉から、自分は金持ちでないと思っていました。自分は元気に働いて普通の生活をしているが、別に大金持ちが存在してその人たちの事を言っていると思っていました。しかし、大きな間違いに気がつきました。豊かさという金持ちは私たちなのです。この時代に住んでいる人たち、日本人なら誰しも当てはまるでしょう。

    今から、数百年前の武家の時代のお話です。殿様が暑い夏に氷を食べたいと言いました。氷を準備するのに一年かかるのです。寒い冬に氷を作り、洞窟に保存して、暑い夏にその氷を一生懸命運んでお城まで運びました。食べ方も今のように甘味料はありません。ほのかな甘味で氷を味わったのです。そのためにどれだけの人々が苦労しお殿様に奉仕したでしょうか。それでも、お殿様は「大義である」とねぎらいの言葉を言いました。

    今はどうでしょう、100円も出せば甘い氷菓子を食べ、お釣りをもらうことができます。
    その100円の氷菓子にどれだけ感謝しているでしょうか。わたしも今まで感謝していませんでした。たかが100円と思い、その氷菓子にまつわる人々の奉仕と言う愛の労働がなければ、自分一人で氷菓子を作って食べることが出来ないのです。

    全ての生活に言えることです。目が覚めて、眠るまで、雨露をしのげる家から始まって、寝具、何気なく使う生活用品、通勤、仕事、食事、何気なくつけるラジオ・テレビ、車、こうしてパソコンから投稿していますが、私たちはどれだけ裕福な生活をしていているのだろう。
    どこまで、裕福になれば、自分が聖書の金持ちと自覚するのだろう。

    感謝を忘れた豊かさに住む人々は、足ることの知らない金持ちだ。

    豊かな時代に生きる私たちは、この豊かさをもう一度振り返り、感謝を忘れている日々の生活を見直す気持ちが、この話を聞いて湧きました。

    自分は、日々感謝をしているつもりでしたが、どうもマンネリ化していて、ブツブツと唱えるお経のようになっていたことを白状します。

    私は、豊かな生活をしている金持ちとおなじです。感謝という愛の眼でこの豊かさをもう一度見直して行きます。ありがとうございました。

    • admin says:

      お金は多く持っていてもかまいません。
      お金を神とせずに 生きることができるようになれば よい ということ。
      感謝が 毎日できる自分でいられるように 訓練することが必要です。

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